僕が歌が上手い人になりたいという夢を見始めたのはいつだったろうか?最初から今まで、僕は一度も歌手を夢見たことはない。いつも歌が上手い人になることを夢見ていた。けれど幼い頃の僕の夢は、歌を歌う人ではなかった。夢が何かと尋ねてくれる人が居なかったから、はっきりと答えたこともなかったけれど、漫画が好きだったから漫画家になろうかなとか漠然と考えていただけ。

 

僕が具体的に夢を見始めたのは、たぶんダンスを始めてからのことだと思う。ダンスチームを訪ねて、そこから始まり、ここまで来たんだ。おそらく、この時ダンスチームに入っていなかったらA4のメンバーにはなれなかっただろうし、その流れで歌の仕事に関係してくることもなかったと思う。

 

だから僕はいつも思っている。やりたいことがあったら、とりあえず始めてみようと。どんな行動だろうと、始めること自体が、目標の直前まで連れて行ってくれるものだと信じている。始めるということは、50%じゃない、90%達成したのと同じだ。

 

僕が最初に歌に興味を持つようになったのは、ユ・ヨンジンの『君の香り』に触れたときだった。R&Bが何かも分からなかったけど、R&Bの代表者がユ・ヨンジンだというからそれをやってみたいと思った。スローテンポの歌を歌いながら、ダンスを踊るというのは本当にファンタスティックだった。母が好きだった演歌(トロット)だけを歌っていた僕にとって、彼の歌との出会いは、本当に雷に撃たれたようだった。外で友達とも遊ぶこともなかったから、家で歌を真似して歌って、ダンスも真似した。使い古しのカセットデッキに、露天で売っている海賊版のテープを入れて、歌はもちろんのこと、伴奏もはじめから終わりまで暗記してしまった。その時も狂っていたんだと思う。

 

ちょっと前に、中学の時に書いた歌詞をたまたま見つけた。あまりにも痛々しくて一人でニヤニヤ笑った。みんなは知らない。僕が随分前から歌詞を書いて、曲も作っていたことを。今かなり作詞家としては売れている僕だから、みんなからは、文章を書く才能があるから、良い歌詞が書けると思われているけれど、いつも言っているように、僕は先天的に持って生まれたものがほとんど何もない人間だ。死ぬほど努力して得たものを除いて、持っているものがない人間。中学の時、いつも一人だった子供が、歌詞を書いてメロディをつけて口づさんでいた。何かを作りだすという作業に、あまり恐怖がなかった年頃だった。夢は、僕も知らないうちに、こうして昔からの友人のように、僕と一緒にいた。

 

もちろん、長年の夢だからといって、何でも叶うわけじゃない。むしろ長く大切にしまって置いた夢を叶えるためには、長い目で見て準備しないといけない。眠ってしまえば、消えて失くなる、そんな一瞬の夢を願っているのでないのなら。

 

「一ヶ月狂えば、一年役に立ち、一年狂えば、十年役に立つ。」

 

僕が信じている言葉の一つだ。長い目で見て、夢に向かって進む方法は二種類ある。着々と進行させて準備するのと、僕のように、瞬間瞬間狂ったようにこだわって、前に進む方法。人々は粘り強く一歩一歩進んでいくのが楽な道だと言うけれど、僕にはそれが難しい。目標ができたのに、どうして突っ走らずに、速度を調整してゆっくり一歩一歩着実になんてことができるの?

 

僕にはデビューする前の一年が一番大変な時期だった。その時のことを思い出すと、”狂っていた”という言葉しか思い浮かばないほど。喉が裂けるほど練習しても、あまりにも上達しなさすぎて毎日のように泣いていた。こんな風に狂った一年のおかげで、その後、歌手として生き残ることができるようになったと思っている。三十歳を前にして、来年二十九歳になる僕は、さらに狂ったように未来に備えている。これがまた、この後の十年をより良くしてくれるのだと信じてる。

 

最近僕は、もっと他の夢を考えている。SF小説家になりたいという夢だ。僕が書きたいSF小説は、科学的根拠を下地にしていながら、その中に科学に対する懐疑論が含まれていて、東洋的思想を盛り込むつもりだ。まだ全体的な構想だけで、具体的な内容は決まっていないけれど、この先五年後か、十年後とかには必ずやってみたい仕事だ。小説を書くためには、たくさん勉強もしないといけないから、また大変な時間を過ごすことになるのだろうけど、やっぱり僕はまた狂ってみたいと思っている。

 

夢は人を拷問する。夢に近づくために、走ったりぶつかったりしないといけないから。けれど本当の拷問は、見たい夢がないことだと思う。これ以上やってみたいことがないということ、これが本当の拷問じゃないかな。

 

思う存分夢を見て生きていれば、死ぬ瞬間が全く怖くないと思う。夢を追っていると、どう生きて、どう死ぬかというのが決定されるから。一度くらいは想像してみるといいよ。死ぬ瞬間、目を閉じて、自分の人生を一番冷静に評価できる瞬間が来る。その瞬間、それまでの人生は修正することも、やり直すこともできない。その時、どんな言葉を自分に言えるかな?

 

「僕は、本当に人生を味わってきた。君も、君の人生を味わって噛みしめて生きて。」

 

僕は死ぬ直前に、「人生を味わい尽くした。」という言葉を必ず言いたい。人生を味わうという言葉は、アルバムをたくさん売ったり、有名になるということとは大して関係がないと思う。死ぬ直前にそれが一体どれだけの意味があるというんだろう。

 

ただ、歌が好きで突っ走って、その過程でたくさんの事件と苦行に耐えながら、最後まで歌をあきらめなかった自分の姿に満足できたら、それでいいと思う。

 

たぶん僕は、死ぬまで歌という手綱を離さないだろう。歌という媒体が無ければ、僕が今持っている人生に対する情熱を、とうてい伝えることができないから。だから最後まで、歌というこの電車に乗って行く。その先々で他の人が経験出来ない素敵な駅に出会って。そのくらい長く、そのくらい遠い夢と一緒に走っていけば、人生を本当に美味しく味わえるんじゃないかな?