人は僕がどうやってYGという大手事務所に所属できるようになったのかに、すごく興味を持つ。本当に運が良かったと。そのとおり。本当に運が良かった。けれど、ただぼうっと待っていただけだったら、こんな運に巡り会えただろうか?こんなチャンスが僕に訪れただろうか?違う。チャンスというものは備えている者にだけ訪れて、運もチャンスと一緒に来るんだ。

 

音楽学院を出た後、二ヶ月ほどアルバイトをしながら、バンドを結成した。Mameという名前のパンクバンドだった。クラブにオーディションを見に行っていたら、川辺歌謡祭の情報を知り、自作曲で出場した。その頃僕はレゲェ頭にヒップホップファッションをしていて、ステージに立ってラップと歌を歌い、ダンスをした。一次合格、二次合格。ところが三次で落ちて終わった。僕達が最高だったとは思えなかったから、受け入れるしかなかった。ところが僕に連絡がきた。三次のときに審査委員をしていた方が、僕に注目していて、歌手にならないかと、練習生として事務所に入らないかと提案してきたんだ。予想外の展開に悩んだ。練習室のレンタル料を払うお金もない状況で、一体どんな選択をすべきか。決断をしなければならなかった。結局メンバーにはすごく申し訳なかったけれど、バンドを脱退した。

 

そしてすぐに練習生として事務所に入って、ボーカルトレーナーの指導を受けて歌の練習を始めた。その時、僕はSisqo(シスコ)の『Incomplete』を練習していて、スポンサーが来た時はそれを歌うとすごく好評だった。実はその歌は、僕がとても好きな曲だったけど、最初に歌った時には曲の一小節半ばで声が枯れてしまった。それほど難しい歌だった。この一曲をちゃんと歌えるようになるまでに、なんと六ヶ月も狂ったように練習して、その期間に僕の歌の実力はすごく向上した。

 

練習生だった間、そこの企画室長の情熱に惚れ込んで、この人に従って事務所を出た。当時僕にはこの人の情熱と推進力が必要だった。一緒に住んでデモテープを作っていたけれど、その場所が仁川文学競技場の前だった。なんというラッキー。その頃、そこはほとんど農村だったから。僕はそこで警察に通報される心配もなく、歌の練習だけを思う存分やって、将来に備えることができた。

 

デモテープをあちこちに送って、じりじりしながら待っていたら、ついにある一つの事務所から連絡が来た。僕たちは大喜びで訪ねていったのだけど、そこがちょっと変なところだった。なんだかえらいところに来ちゃったなと思って急いでその場を離れて、またあてもなく待っていた時に、連絡がきたのがYGだった。ヒョンソク社長に会えた時のうれしさといったら。

 

ここまでが、これといった特別な才能もなく、この業界にコネもなかった僕が、YGという大手事務所に所属するまでの全過程だ。振り返ってみると、自分ながら息切れがする。大切なのは、僕が一瞬たりとも止まらなかったことだ。挫折していた時も、少しずつでも歌が上手くなるための練習をしていた。音楽学院に通ったり、歌謡祭に参加したりしながら。他人からみると、つまらないようなこんな小さな動きでも、これがなければ僕とYGとの間に絶対に縁は生まれなかった。貧しい町の才能のない少年チェ・フィソンと、大手事務所YGでは、絶対に似合わない組み合わせだから。

 

「どうして自分にはチャンスがこないの?僕だってがんばっているのに……。」

 

そんな気がするなら、まだ準備が整っていないということだ。準備がきちんとできていて、競争力がついていれば、チャンスは必ずやってくる。世の中は不公平だけど、一生懸命準備した人に対して、ただの一度もチャンスを与えないほどケチじゃない。僕は思うんだ。準備が整っていない人は、チャンスをただ待つだけ、準備ができている人は、チャンスを選び、つかむのだと。とても平凡でつまらない状況でも、全てのものがチャンスに見えてくるもの。こんなことを言えるのは、僕がそういう経験をたくさんしてきたからだ。休むことなく準備していると、自分の中に何かが生まれるのを何度も感じた。自分でも気づかなかった潜在能力を、努力していく過程でいくつも発見する。それはまた、準備を怠らない人に与えられる小さなプレゼントだ。

 

僕にとってチャンスは、「歌を上手に歌いたい。」というこの言葉一つを心に抱いて、走り続けてきたからこそ出会えたものだ。ただ歌が上手くなりたいと思って練習していたら、僕の中に隠れていた能力がいくつも顔を出して、さらにそれらの能力を集めて、準備しながらチャンスを待っていた。重要なのは、どんな瞬間でも自分を絶対に見捨てたりしなかったことだ。こうして一つの夢を信じて進んでいたから、たくさんのチャンスがついてきた。僕が動かず準備もしていなかったら、来るとは夢にも思えないチャンスだ。だからただ座ってチャンスを待つのをやめて、チャンスをつかみとるために、粘り強く備えること。座って夢だけ見ていても、永遠に夢は夢のままだ。