一時期、両親を恨んだことがある。幼い頃、思春期の頃は、他の人より貧しい家庭と、いつもケンカをしている両親が恨めしかった。けれど貧しくて暮らしが苦しいことが、悪いことだろうか?確かにその頃、貧しさが両親を苦しめていたのは事実だ。生計をたてて、子どもたちを育てないといけなかったから。子供はいつも両親を恨むけれど、ある瞬間、両親にとって長い年月の間、自分たち子供が彼らの負担だったことに気づく。僕もそうだったけれど、人よりは少し早めにそれに気づけたのは良かったと思う。

 

六ヶ月間通った音楽学院を出て、アルバイトを始めた。両親にお金を使わせるのがいやなのもあったし、社会経験もしてみたかった。居酒屋のバイトで、本当に一生懸命働いた。夜八時に出勤して、午前四時に終わる仕事だったけれど、一人で給仕から皿洗いまですべてやらないといけなかった。はじめは大変だったけど、ある程度時間が経ったら要領を得て、素早く食事を運んで、掃除までやりながら、一人でかなり上手に仕事を処理できるようになった。留学生がたくさん来る居酒屋だったけど、乱暴を働いたり、ケンカしたり、吐いたり、会計もしないで逃げたり、本当に頭の痛い客が多いところだった。

 

ある日も、酔った客が床に吐いた。とにかく早く片付けないといけなかった。ビニール手袋をはめて、大急ぎで手で吐しゃ物を拾い入れた。そしたらその姿を、ちょうどその時入ってきた社長が見て、僕を呼んだ。

 

「君、良く頑張っとるな。感心した。」

 

そうして財布から五万ウォンを出してくれた。その日から、まただれか客が吐かないかなと待った、というのは冗談だけど、二ヶ月余りその仕事をしたら、多くのことを感じた。経済的に自分自身に責任を負っていると思うと、胸が一杯になり、一生懸命仕事をした対価をもらうということのやりがいも感じた。お金を稼ぐということ、経済的責任を負うということが楽ではないということを、その時ぼんやりとだけれど理解した。

 

それとともに、両親のことが思い浮かんだ。両親は若い頃から二人の子供を育てていたから、僕が今感じていることとは比較にならないほどの責任感を感じながら生きていたのだから。僕たちは親がみんな、最初から親として生まれてきたと思ってしまうが、それは間違いだ。彼らも僕達と同じく若いころがあったけれど、徐々に大人の責任感を感じて苦労してきたのだろう。貧しく暮らしていた頃の両親の姿が思い出される。貧しい中で、二人の子供を世話するために、最善を尽くして生きてきた両親の姿が。母は友達とも会わなかった。ただ僕達のために、少ないお金でも足しにするため内職をして、自分のための時間なんて全くなかった。家族について悲しい過去を持つ父も、貧しい人生に全身で立ち向かい、戦っていた。今もタクシー運転手をしている父は、その頃も家族を養うために、夜明けでも疲れた体を起こして出かけていった。貧乏であることを恨んだことはないけれど、両親を苦しめる貧乏は憎かった。

 

だから経済的自立は大切だ。その瞬間、誰も両親を憎めなくなるから。僕は両親に稼いだお金を全て渡して、自分はその中から小遣いをもらって暮らしているけれど、そういう僕を見て変だと思っている人もいる。けれど、僕は両親が僕のために自分たちを犠牲にして苦しんできたことに、全て報いるためには、このくらいのことをしてもまだまだだ足りないと思っている。

 

心で思っていることとはうらはらに、時々は両親の気持ちを傷つけてしまったこともある。おそらく世界のすべての子供がそうだと思う。ちょっと前に母が、他人の前で僕のミスを指摘した。母も僕に似て遠まわしに言うのが苦手で、ストレートにいうものだから、僕も余計に怒ってしまった。気が小さい僕が、そんな風に言われて、顔をしかめて、「わかってるよ。」と言うのが精一杯だったけれど。だけどそれが母を傷つけてしまったみたいだ。時間をおいてまた話をして、じっくり説明したところで同じ事だけれど、それでも僕がその場ではそうするしかなかったと言って謝ったら、母は自分が悪かったと言った。その瞬間、涙がどっとあふれてきた。深く深く反省した。二度とこんなことはしないでおこうと。親というものは、なぜ子供に対してはこんなに限りなく弱いのだろう。

 

「このバカ息子。本当に居なくなってくれたらせいせいするわ。」

 

子を持つ親がしょっちゅう口にする言葉だけれど、その言葉に傷つくことはない。万一心に留めておいても、恨んではいけない。僕はまだ親になったことがないからよくわからないけれど、親もやっぱり人間であって、親じゃなく一人の人間と思ってみれば、その気持を理解できると思う。むしろ、自分がどんなに迷惑をかけて、こんな言葉を言わせてしまうまでになったんだだろうと、自分自身反省してみることだ。僕のまだ若い友達が、親に対して反抗している姿をたまに目にする。僕の幼い頃の姿を見るようで切ない。どうか止めてほしい。一瞬、頭にきて、ひどい言葉を言ってしまっても、親も人間なんだからそういうこともあるだろうと、一度くらいは理解してみてはどうだろう。お互い弱い人間であることを理解できなければ、親も子も両方ともつらい。

 

貧しさのように、今すぐ解決できない問題、とうてい改善する道が見えないゴール、深い葛藤のようなものも、自分がまず努力すれば先に進むことができる。もちろん本当に努力しても、光が見えないと挫折しそうになる時はあるけれど、問題が解決する時は必ずくる。僕がそう信じてきたように、あなた達も信じてみて。もちろんその時がすぐ来ることもあるし、年をとってから来ることもあし、両親が年老いて、亡くなる直前にくることもある。けれど、その時を来るのが待てなくて、両親を傷つけたり、その状況を改善しようと努力しなければ、必ず後悔する。そして状況はもっと悪くなるかもしれない。他のすべてのことも同じで、親子間の問題も努力しなければ何も良くならなくて、現状が維持されるだけだ。だから努力しなきゃ。親にばかり要求せず、毎日自分からもやると約束しないといけない。

 

親に対しての恨みと、それが原因の迷いは、少なくとも親が生きているうちに終わる。親が生きているうちに恨みがなくならなければ、その後悔と苦痛は死ぬよりつらいことになると思う。