『アンデナヨ』が音楽番組で初の一位になった時、本当に様々な感情が入り乱れた。僕が本当に一位になったなんて。生まれてから一度も一位なんかになったことのない、フィソンという人間が、韓国の名だたる歌手たちを退けて一位になるなんて。一生懸命生きていれば、こういうこともあるんだ。誰一人、真剣に僕の夢を聞く人は居なかった、誰一人僕に大きな期待はしていなかった、持っているものより、ないもののほうがずっと多い子供だったのに、こんなこともあるんだな。

 

自分が恵まれていないことに対しての怒りで、攻撃性むき出しだった子供が、成長して心のドアを閉めて、自分の中に閉じこもっていた時、世界は全て自分の敵で、怖かった。閉じこもれば閉じこもるほど、さらに世界と距離を置いていった子供が、初めてやりたいことを探し求めた。だけどその子供は、ダンスをしても歌を歌っても、一番最初に学んだものは劣等感だった。先天的な才能と、後天的な良い環境をもって生まれた子供に比べて、自分は本当に持っているものがないということを痛感していった。

 

だけど僕が他の子達と違っていたのは、条件に恵まれた子を見て、ただうらやましがるだけではなく、その子達と同じようになろうと死ぬほど食らいついたことだ。夢がなかった時はわからなかったけれど、夢ができたら”あきらめる”という単語ほどばかばかしく思えるものはなかった。才能がある子を見て、みんながその子をうらやましがっているだけだった時、僕は心の中で怒りを増幅させていった。同じ年のあの子はあんな能力を持っているのに、どうして僕は持っているものがひとつもないんだろう。僕はそんな風に思うと、ものすごく怒りが湧いてきて、それから地獄のトレーニングを始めた。

 

「僕も一位になれるだろうか?」

 

これは僕がいつも走りながら心に抱いている質問だった。A4というチームでしばらく活動をしていた時の心構えも同じだった。正直いってそれほどやりたいと思っていなかった活動だったので、そんなに上手くいくという期待はしていなかった。けれど一度として何かをきちんとやってみたことがなかったから、とにかくなんでもいいから上手くやってみたいという気持ちが大きかった。生まれてから一度も、一位というものになったことがなかったから、正直いって注目されてみたかった。僕も一度でいいから、何かを成し遂げて、人に認めてもらいたかった。一度も注目されたことのなかった子供の、悲しくも切実な願いだった。

 

所属事務所の練習生だったとき、企画室長だった先輩の家で暮らしていたことがある。睡眠は一日に二~三時間しかとらず、携帯の待ち受けには「頂点を見せてくれ。」という文章を書いていた、情熱の塊のような人だった。僕は、その並外れた情熱に惚れ込んでいたから、一緒に暮らしたかったんだ。その先輩の情熱を見て、この人は本当に頂点に登りつめるだろうと思った。その情熱、推進力がうらやましくて、大好きだった。この人と一緒なら、僕も頂点に登れるんじゃないかと。

 

だけど他人の情熱に乗っかって行くことを、僕の人生が許さなかった。僕がその先輩と個人契約をした状態で、先輩とYGが契約したので、三者契約が成立した。YGの練習室を使って、レコーディングもしたけれど、僕の歌の実力が思わしくないことを痛烈に感じた。当時僕は先輩の元で、すでにものすごく歌の練習をしてきたつもりだったので、実力はかなり良くなっていると思っていた。けれどそう思えたのはちょっとの間だけだった。

 

ファーストアルバムを出すために、曲をもらってレコーディングを続けていた。だけど何一つ思い通りにできなかった。ちょっとでも歌が上手いと思っていた自分が情けなくなった。作曲家の先生たちも、フィソンは歌が上手いと思っていたのに、全く未熟だったと話していた。もちろんやる気だけは最高だと言われたけれど、慰めにはならなかった。僕が欲しかったものは、情熱ではなく実力だったから。

 

『アンデナヨ』をレコーディングした時のことを思い出す。電気を全部消して、歌を歌っていたら、作曲家がアドリブがいいとテイクをかけ続けた。だけど満足に値する歌が出てこない。その理由を僕は知っていた。どれだけ歌を続けて歌っても、僕が気に入る歌が出てこなくて、これ以上どうやって歌ったらいいのかわからなくなって、途方に暮れてしまい、涙が出てきた。作曲家がちょうど僕を叱ろうと思っていたところに、僕が泣いてしまったので、怒れなかったと言っていた。

 

一体どうして、僕はもって生まれたものが一つもないんだろう、こんなに努力しても、どうして出来ないのか、本当に腹がたった。僕のアルバムなのに、セルフコーラスもできなくて。僕と同じ年頃の他の子達はハモリも完璧に入れることができるのに、どうして僕だけできないんだ。ハーモニーの感覚もゼロ、音程の感覚もゼロ。だからコーラスが入れられないのは当然だった。何度トライしてみても、僕ができることはなかった。もって生まれたものがない人間は、血のにじむような練習と訓練をすればなんとかついていくことが出来るということを、後になってやっと知った。僕が音楽をやる過程は、僕が足りないものを確認し続ける過程、死ぬまで学ぶという教訓を与えられる過程、それだ。

 

いつだったか、俳優のイ・ビョンホン先輩と話をしたことがある。いつも足りないと感じている自分の状況を話して、大変だと愚痴った。それから「先輩、僕はただ一位になりたいだけなんです。」と言ったら、いきなり怒られた。

 

「ばかかお前。この世に一位というものがどこにある。」

 

そのとおりだ。世の中に一位も二位もないということくらい僕も知っている。そうやって順位を決めるには基準がはっきりしてないといけないけれど、その基準を決めるのは可能なのかと。この人はバラードが好きで、あの人はロックが好きで。そんなふうに人によって好みが違って、感情の尺度が違うのに、順位をつけること自体が不可能だということは僕だってわかってる。

 

5集アルバムの後は、一位、二位といったことについての期待は捨てた。大手事務所から出たアイドルグループが人々の耳を捉えている現状に、僕が順位について期待すること自体に意味がなくなった。現実を知ったんだ。僕が大手事務所のふところで、実力よりも過分な評価を受けていたんだからよく分かる。事務所の力というものを知っているから。

 

とはいっても、心の片隅で、まだ一位への未練は残っている。もっとたくさんの人に、僕の歌を聴かせて差し上げるチャンスが生まれるということだから。それは一位への未練と言うよりは、沢山の人に出会いたいという渇望のようなものだ。だから僕は「一位、そんなものは必要ない。この世に一位なんてない。」とクールに言うことができない。当然、僕の性格だと、もしも一位になったとしても「こんな至らない自分が、こんな地位に立つなんて、だめだ……。」と言って自分を責めるだけだろうけどね。

 

そんなこんなで、色々なことを経験してきて、今、僕が最終目標として考えていることがある。ジャンルを作るということだ。マイケル・ジャクソンのようにね。アメリカの黒人歌手たちは、みんなマイケル・ジャクソンの後を追っている。それがすでに一つのジャンルだからだ。今の僕がポップの伝説ともいえるマイケル・ジャクソンみたいになりたいと言ったら、みんな笑うかもしれないけど、夢を見るのはタダだから、そのまま見続けている。この目標に向かって、僕はもっと狂ったように進んでいく。そうすれば少しは近づいていくだろうから。

 

一位ではないにしても、僕にとって数少ない、自信があることがある。歌を教えるということだ。もちろん、今だに僕は至らなくて、もっと学ばなければいけないけれど、それでも僕が少しでも持っているものを、誰かに教えるということについては、上手くやれる自信がある。一体これはどこから来た自信だろうか。

 

どうやったらこんな高音が出るのか、どうすればこんなふうに歌を歌うことができるのか、上手い人に感心して質問してみた時、才能がある人は答えることができなかった。

 

「普通にやればできるんだけど。」

 

それができなくて、すごくやり方を習いたくて、聞いてみたけれど、返ってきた答えにすごくがっかりした。とはいっても彼らが横柄なんじゃない。本当にわからないんだ。ただ生まれつきできるんだから。とてもたくさんの才能をもって生まれた人なんだから。僕が知っている歌手のほとんどがそういう人だけれど、その才能は羨ましがったらもらえるものではない。

 

生まれ持ったものがない僕は、何もしなくても出来るものは何一つなかった。直接ぶつかって、自分で得るしかなかった。こうしてやってだめなら、ああしてやってみて、まただめなら今度はこれを試して。そうやってここまで来た。歌をもっと上手く歌えるようになりたくて、解剖学まで興味を持つほどになった。だから僕は説明することができる。言わば無から有を作りだしたのだから、今の僕が持っているものについては、その全ての段階を一つ一つ説明することができる。他の人々が当たり前に持っているものを、一つも持っていない、何一つタダでもらったものがない、才能が乏しい人間にだけわかることを、僕は知っている。

 

とはいっても、教えたからといって簡単に歌が上手くなるような方法はない。どんなことでも、何らかの境地に達しようと思ったら、血のにじむような努力の段階を経てできるものだ。僕が歌を少しでも上手く歌おうとして通過してきた過程がまさにそうだ。歌だけのことじゃない。たぶんこれは生まれつきの才能がない人間、持っているものがない人のための、ナビゲーションのようなものだろう。ここでは直進、ここでは左折、挫折は禁止、涙は必須、首を締めに来る苦痛?それはボーナス。