カヤンドンのブタ一家の一員だった僕。中学校の時までものすごくかっこ悪い姿で過ごしていた。今よりも背が低かったのに、体重は88キロもあった。さらに珍しく、子供にもかかわらず何故か中年のようにお腹の肉だけがすごかった。顔だけ見るとそれほど太っていないようにも見えたのに、僕のお腹を見て驚く人が多かった。だけど僕は体型に全然関心がなかった。痩せて体型を整えるのも、自己愛がないとやる気にならないんじゃないだろうか。すっかりいじけて、引っ込み思案で、背も低くて、憂鬱な子供にとっては体型なんてどうでもよかった。

 

そしてダンスチームに入って、初めて自分の姿に直面した。ダンスチームの仲間のほとんどは、スリムな体型で、それに比べて僕は……。周囲を見渡してから自分の体型を見ると、本当にかっこ悪かった。だから決意してダイエットをはじめた。理由はひとつだ。ダンスを踊る子がみんなそうであるように、僕もテレビに出てみたかったから。僕みたいに背が低くて太っていたら、絶対にテレビになんてでれない。背は僕の能力ではどうすることも出来ないけれど、痩せることは自分でなんとかできることだった。

 

正直その時までは、生きていて特にやりたいこともなく、興味のあることもなかったので、何事においても熱中してやってみるということがなかった。だからといって他の人達と同じように、大人たちの言うとおり勉強だけするということもなかった。ところがとうとう目標ができたんだ。

 

「痩せてテレビに出る。」

 

とはいっても痩せたら問題が全て無くなるわけじゃない。当時の僕は狂ったように練習したってダンスの実力が一向に向上しなかった。だけど1%でも可能性だとしても、それをつかむためには痩せるのが先決だった。何でも一つ一つ解決していかなければ、願い事が突然叶うことはないということ位は知っていた。

 

三ヶ月で30キロの減量!

 

どっかのダイエット食品の宣伝みたいだけど、その時僕が実際に成し遂げたことだ。方法は簡単だった。ダンスをしながらダイエットを並行すること。ダンスをするだけでも体力が足りなかったのに、ダイエットまでするのは普通に考えたら無理だった。だけど一旦やると決めた僕には、そんなことを考えてはいられなかった。こうして無謀な挑戦が始まった。

 

学校に行って授業時間にはずっと寝ていて、掃除の時間に一人で母が作ってくれた弁当を食べて、ダンスをしに行った。ダンスチームで僕は一番一生懸命踊る子だった。いつも僕が練習した後、床は洪水のように汗がびっしょりだった。途中、千ウォンを持って出かけ、パン一つとヨーグルト二個を買って食べた。当時の僕の一日の小遣いは、回数券とたったの千ウォンだった。仲間たちと一緒につきあいで食べに行っていれば、その小遣いだとしてもトッポギなんかを一緒に買って食べれたはずなのに、そこでもやっぱり友達がいなかった。一人で急いでパンを食べて、戻ってまたダンスの練習をした。そして練習が終わってから家に帰って、腹筋300回、腕立て伏せ50回をやって、そのままばったりと眠りについた。お腹が空いていたけれど、痩せないといけなかったから、何も食べることができなかった。

 

そんな毎日がずっと続いたので、痩せて当たり前だった。痩せようと決意してから、三ヶ月もしないうちに体重は58キロになって、体型が見違えるほど変わった。本当につらかった3ヶ月だった。実のところ、自分で決意してやったというよりは、やらなければどうしようもないと考えていた。ダイエット自体が目標ではなく、ダイエットは僕の夢に向かっていく過程だったんだ。

 

正直いって、痩せることはそんなに難しいことじゃなかった。みんなはそういう僕を見て、とんでもないと首を振る。だけどダイエットはその過程で達成感を少しずつでも感じることができれば、誰にでも出来ることだ。ダイエットをする最善の方法は、人々の視線を楽しむことだ。「あーあの子、すごいね。痩せたらかっこよくなったね。」そんな言葉に刺激されて、達成感を感じ始めたらもうやめられない。鏡に映った自分の姿を楽しむのもいいけれど、他人の視線を楽しみはじめたら、ダイエットはずっと簡単に成功することができる。人々の視線を楽しむ快感が、ダイエットの苦痛を差し引いても有り余るから。

 

No Pain No Gain.

 

あまりに聞きあきた言葉だけれど、大変な過程を経て何かを得た人なら、この文章が意味するところを痛感すると思う。苦痛なしで快感を得ることができるのは、麻薬だけだ。だけど苦痛の中で感じる快感もまた、麻薬と同じなので、一度その快感を知ったら、とても止められなくなってしまうものなのだ。ちょっと前に履いていたズボンの腰回りが急にぶかぶかになった時の感じは、麻薬をやった時よりもっと効くんじゃないかな?麻薬をやったことがないからわからないけど。

 

僕のダイエットは忍耐力があるからできると言われたけれど、生まれた時から忍耐がある人間がいるだろうか。ただ、僕は選択しただけだ。自分の夢を叶えるために、自分に楽させないという選択を。そして忍耐があるかのような性格を身につけたというだけだ。夢。見た目はすごく寛大で慈悲深いヤツに見えるけど、絶対そうじゃない。夢は選択した瞬間、人間にこの上なく悲惨な思いをさせる、恐ろしく残忍なやつだ。

 

その後も、もう一度すごく痩せたことがある。二集アルバムの活動を終えて、三集を準備していた時だったけれど、単にダイエットをするつもりじゃなく、歌を良くしたいと思って、体作りをする過程で自然に痩せた。そのときすごく役に立ったのが菜食だ。何度も言うようだけど、二集活動をしながらずっと感じていたことは「僕は頂点にいる。」ではなく「まだまだ足りない。」だった。特に喘息、鼻炎、アレルギー等の様々な持病のせいで、歌を歌うたびに落差が激しすぎる状況をどうにかしたくて、健康な体を作ることからはじめた。まず、健康にならなければ、歌は上手くなれないだろうと思って。体作りのためにトレーニングを始めつつ、並行してやったのが肉食を断つことだった。体には肉食より菜食がいいという話を聞いたから、やってみようかなと単純に考えて始めたことだった。

 

ダンスチーム時代に痩せた時のように、僕の健康な体作り、今度はプロジェクトチームが誤差なく正確に計画を実行した。朝食にはサンドイッチとリンゴ、昼食には海苔巻き一つ、夕食には味噌チゲにご飯茶碗半分。もちろん肉は一切食べなかった。この食事がどうしても出来ない事情があった数日を除いて六ヶ月間、ずっと守っていた。それと同時に毎日朝に二時間トレーニングをしていたら、だんだん痩せ始めてきた。それから痩せるスピードもすごく速かった。六ヶ月のうちに74キロあった体重が63キロになった。

 

さらに思ってもみなかったけれど、菜食のお陰で肌がものすごく良くなった。肌のキメが完全に変わった。お酒を飲めない代わりに、タバコをすごくたくさん吸うほうだったから肌が悪かったけれど、タバコをやめなくても肌が良くなったのを見てすごく驚いた。肉を食べつつ皮膚科に通っていた時より、タバコを吸って神経を使って眠れなくても、菜食にしたら肌が良くなった。おかげで三集活動をしたときに、整形疑惑が浮上したくらい。顔が劇的に変わったから、「フィソン整形して良くなったね。」と書かれたネットのコメントを見たりしてニヤニヤしていた。痩せた上に肌のキメまで変わったので、人から見れば顔が変わったように見えたみたいだ。

 

僕が菜食を始めた話をすると、人は僕にとって肉を食べないことは簡単だったんだろうと思って、「もともと肉はそんなに好きじゃなかったんじゃない。」と言った。とんでもない。僕がどれだけ肉が好きだと思うの。僕は肉の歯ごたえが好きで、肉食を楽しむ人間だった。だから菜食を始めた時はすごくつらくて、今だに肉を食べられないのは大変だ。だけど我慢する。体を作って歌が上手くならなきゃいけないから。事実、菜食にした後は全体的に体がすごく良くなった。以前は寝ていても何度も目が覚めてしまっていたけれど、菜食をし始めてからは眠りもずっと楽になった。

 

菜食を始めて、アレルギー等の様々な症状もかなり緩和されて、歌を歌うのもずっと楽になった。だから大変でも菜食を止めることはしたくなない。そしてこれがまた、僕の挑戦だと思っている。他人ができない人生経験をしているという自負心もある。おそらく僕にはその意味がもっと重要なのかもしれない。楽に生きることは誰にでもいくらでもできることだから。

 

痩せなきゃ。現在72キロ。目標は66キロ。6キロの減量が目標!

-2008年の日記

 

日記には6キロ減量が目標だと書いているけれど、この時はまたさらに10キロ痩せた。本当に忍耐強く決心をすると、どんな目標でもそれ以上の結果が出てくるものだ。こうして見ると、僕の人生は、常にどれだけ自分を極端に追い詰めてきたか、そしてその結果を得る歳月だ。休みたい、諦めたい、怠けたいという欲求を徹底的に遮断して、結果を得られる方法。僕にとってこれが、望むものを得る一番良い方法だと知っている。そう思えば本当にダイエットほど楽なものはないよ。