「フィソンが本当に上手いことが一つある。まるで歌が上手いかのように聴かせるのが上手い。」

 

高校の時、歌の先生が一度言っただけなのに、いまだにこの言葉が頭の中に強く残っている。歌が上手いかのように聴かせるのが……。最初はこの言葉がすごくショックで落ち込んだけれど、あとでじっくり考えてみれば、先生は歌を教える立場なので、呼吸、音程、テンポといった基礎的なものを補強するよう僕におっしゃってくれたように思う。それは僕の歌に明らかに足りない部分だから。そう思ってしまえばその瞬間、この指摘は、歌は上手に歌えている、という褒め言葉に思えてきた。僕は歌を歌うとき、人々の心にどうやって届かせることができるか、その表現法について一番悩んでいたけれど、とりあえず歌を上手いかのように聴かせられるなら、自分の歌を聴く人々の心はなんとかして動かせるということではないだろうか。

 

音楽に関する基本的なこと、もちろんそういったものも重要だ。だけど世の中に歌が上手い人はたくさんいる。それよりも自分だけの感性と訴える力があって、爆発力が感じられる表現をするのはもっと大切だと思う。このことは歌を歌い始めてからずっと、いつも僕の心の中に置いておいた考えだ。僕の感性で、僕の歌を聴く人々を感動させるという夢。死ぬまでその夢からずれた方向には進みたくない。おそらく、「歌が上手いかのように聴かせるのが上手い。」という言葉は、先生から僕に足りない部分と常に念頭に置いて、歌を歌いなさいとアドバイスしてくれたのではないだろうか?とはいえ僕は、歌を始めとして何についても、いつも自分に足りない点があると自虐している人間なので、その点については先生は心配しなくても良かったかも。

 

僕がバラードを歌いながら、ヒップホップファッションをしてダンスを踊っていた時、その格好を不自然だと思った人もいると思う。僕はそれが僕の歌の感性を、一番上手く伝える方法だと思っていたから、その歌の世界観では、その格好が似合うと思っていた。世の中には歌の上手い人はたくさんいるし、音楽の基本をよく知っている人もたくさんいる。だけど歌手は歌を歌う道具ではなく、その感性を上手く表現するために、思う存分新しいことを試すといった独創的な面が必要だ。どんな分野でも、最終的に生き残るのは、テクニシャンではなく、独創性のある人のはずだから。誰よりも独創的な人に勝てる人間は居ないはずだ。

 

独創的ということは、新しいものを作りだそうとチャレンジすることだ。人生は、新しいものを受け入れた時だけ発展すると、僕は信じている。いつも同じ事をしていても前に進むことはできない。これが僕が『アンデナヨ』や、『With Me』等と同じような曲を、これ以上歌いたくない理由だ。だからいつも、以前とは違う、新しいことを試している。僕は同じようなスタイルをし続けることが本当に嫌だ。可能な限り、いろんなスタイルの服を着て、その中から僕が着なければいけない服を見つけ出したかった。
そしてそうしようと思ったら、いつも足りない点があると自覚して、学ぼうとする気持ちが必要だ。学ぼうとする姿勢があれば、新しい自分に変化することは可能だけれど、僕がもう十分たくさん知っていると思ってしまったら、これ以上成長することはない。だから心と考え方のドアを閉めずに、いつも開けておくよう、努力しながら生きている。

 

今回、アルバム制作をしながら、同時にアメリカ進出の準備をしていた。アメリカのミュージシャン達と出会いながら感じたことも、これと同じようなことだった。彼らは、僕がどんなに歌を上手く歌っても、拍手はしてくれても、一緒に仕事をしようとは言ってこない。自分の国に歌が上手い人はあふれているから、あえて僕と組む必要がないから。だから、そこで成功しようと思ったら、彼らと違うことをしなくてはいけない。彼らが思いもよらなかった変わったこと、新しいこと、独創的なことを。僕はその答えが韓国的なことの中にあると考えている。

 

大衆文化芸術の分野で、東洋人がアメリカに進出する前、世界的に成功したのはブルース・リーとジャッキー・チェンくらいだ。彼らが成功したのは、西洋的なものを追うのではなく、自分たちの文化でそのまま打って出たからこそ可能だったことだ。言うなればカルチャーショック。

 

僕はいつも、自分が井の中の蛙だと思って生きていたけれど、今回、ポップスの本場で有名なプロデューサー達から認められたので、そこで生き残りたいと思うようになった。もちろんだからといって、僕が急に自分の歌について自信がついたという訳ではない。けれど彼らにカルチャーショックを与えることはできる、僕達だけの文化で勝負してみたいという気持ちが出てきた。韓国人だけが表現できるものを探しだして、紹介したいという欲が。音楽的には、いつも新しいものを追求して、独創的ものを考えているけれど、僕の感情と感性は、長い年月をかけて受け継がれてきた韓国的なものから探し出したいと思っている。僕は絶対的に自国文化に対してのプライドを持つべきだという欲があって、いつも自分は韓国人で良かったと、自分が韓国人であるということが、本当に素晴らしいことだと思っている。

 

だから出会ったアメリカのスタッフには、韓国人を無視するなと言ってやった。韓国には僕より歌の上手い歌手が本当にたくさんいると言ったら、YouTubeで探してみると言ってくれた。アメリカで韓国人の感性で勝負をかけて、コリアンプライドを知らしめてやりたいというのが、このアメリカ進出を目前にした最近の気持ちだ。

 

初めて歌いはじめた時、ずいぶんと笑いものにされた。顔を思い切りしかめて、得意なジェスチャーをして、黒人の真似をしなから歌を歌ったら、それが人々の目には奇妙に映ったようだ。だけど僕は少しも気にしなかった。僕が見てきた歌手の印象的な部分を、自分なりに噛みくだいて、その歌手の感性を自分なりに再現してみたかった。新しいことに触れて、自分の持っているもので再構築しようとする努力は、どの時代でも意味がある。

 

僕は記憶しているものを取り出す過程が、人間の人生の過程だと思っている。もともと人間の中には、無限の潜在能力があって、それを一連の努力によって発掘するという過程だ。だから努力しない人は、死ぬまで自分の能力を発揮せず、そのまま死蔵させて終わるということだ。努力しない人がただチャンスを待つのと違って、努力して自分の潜在能力を開発した人は、自分の足で探し当てたチャンスをつかむ能力が生まれる。僕が生きてきて感じだことだ。絶えず努力して、自分の限界と戦ってみると、新しいチャンスが生まれ、また、絶えず新しい能力が自分の中に生まれるんだ。

 

僕は幼い頃からこういう考え方をしていた。僕達が立っている地面の深さは、想像できないほどすごく深いけれど、僕にもそういう測定不能な潜在能力があるという考え方だ。だからどんな瞬間でも諦めることができなかった。「僕は何でも出来る。」と断言するまではいかないけれど、「何でもできるかもしれない。」と無条件に信じる気持ちは大きかった。おそらくもうこれ以上無視されたくなくて、歌が上手になりたいという欲が、こういう考え方に拍車をかけたのかもしれない。だけど確実なのは、どんな瞬間でも、自分の潜在能力への信頼は光を放つということだ。その信頼が決して諦めない気持ちにさせてくれる。

 

僕は焦りやすい性格だ。せっかちで毎日毎日狂ったような気持ちになって、自分の周りがすべて狂っているように思えることもある。こんな性格で生きるのは大変だけど、それでもこうやって常に自分を追い詰めていると、他人とは違う考えを感じることができる。僕は他人と同じように生きるのは嫌だし、他人と同じように歌うのはいやだ。

 

いつも僕は自分のことを、特別な魂の持ち主だと考えている。今すぐ全ての人に感動を与えるには足りないけれど、いつの日かはできるようになる特別な存在だと。僕が他人と違って特別だという考えは、僕をもっと努力させる。他人といつも比べていると、自信がなくなってくるけれど、こういう考え方は自分だけの優越感を高める方法だ。他人と違って熾烈に生きてみたいなら、一度くらいこの考えを試してみるといいと思う。自分自身を特別な存在だという考えを処方すること。もちろんひどく孤独で苦しいという副作用は覚悟しなければいけないよ。