僕は基本的にネガティブで、心に闇を抱えてはいるけれど、それが”不法、犯罪”といった単語とすぐに結びついているわけではない。もともとお酒も飲まず、遊び歩くこともなく、一人で家にいるのが好きな僕のような人間は、むしろとても健全で、問題になることといえば退屈なことくらいだろう。そんな僕が、二度も警察に追われたことがある。それで、その原因がビッグママのイ・ヨンヒョンだ言ったら、ヨンヒョンはぬれぎぬだと怒るかな?

 

音楽学院で歌を歌っていたら、ある日、同じ学院に通うヨンヒョンが、僕の歌を聴いてゲラゲラ笑った。

 

「あんた、なんで声がそんなに小さいの?アリの声みたい。」

 

僕の声が小さすぎて聴こえないと言って笑ったのだ。ヨンヒョンは声楽を専攻していたから、声量の面では他の追随を許さなかった、だから自分と比べて僕の声がどれだけ滑稽だったろうか。当時、僕の声はとても美声で、赤ちゃんのようにか細くかわいくて、アリのように小さな声を出していたから、ヨンヒョンにしてみればさぞかし笑えたのだろう。だけどその言葉で、僕のプライドはざっくりと傷ついた。頭にきておかしくなりそうだった。だからその時から、声を大きくする練習に突入した。

 

この練習も自分のやり方でやった。その時僕がはまっていたミュージシャンはSisqo(シスコ)とバンドJodeci(ジョデシ)のK-Ci(ケイシー)だった。彼らの印象的で濃厚なハスキーボイスを真似したかったし、ヨンヒョンのような声楽をやっている人たちの響きのある声も出してみたかった。ハスキーで印象的な声になりたくて、文字通り血が出るほど、喉が完全にかすれるまで練習して、炎症が収まったらまた叫ぶように声を出す、ということを繰り返した。全く声が出なくなるまで。そうして六ヶ月経つと、しだいに裏声が出なくなりはじめた。

 

その時、声が完全に変わるという経験をした。自分が望んでやったことなのに、そんな変化が本当に不思議だった。喉に穴が開いている様な感覚で、大きな声を出さないと声が出ないので、普通の声では歌えなくなってしまった。だから当然、声量は大きくなって、最初小さく美声だった僕の声が、卒業するときには学校で一番大きな声になっていた。声量の変化には普通、二つの声帯をぴったりとくっつけ、呼吸を完全に変えるなどの工夫をすることによって変わる場合と、ただいきなり声を張り上げる場合との二つのケースがあるが、僕のような場合はいきなり声を張り上げるスタイルだった。それでどれだけ声量が大きくなったかというと、学院から遠く離れた町から住民の苦情がよせられるほどだった。

 

とにかく、僕の目標は声量を大きくすることだったので、方法が正しかったかどうかはわからないけれど、六ヶ月だけで目標は達成した。だけど今度はその声量の大きさが問題になった。

 

音楽学院を卒業した後”マイム”というバンドに入ってクラブにオーディションを見に行ったのだけど、その時”川辺歌謡祭”(※MBCが主催する、プロを目指す学生アマチュアバンドなどが出場する番組)というのがあるという話を聞いた。そこに自分たちが作った曲で出場しようと練習をはじめた。そしてまた狂ったように練習に突入したのだけれど、学校を卒業してしまったので、当然ちゃんとした練習場所がなかった。だから考えた末、家で枕や服がいっぱい入っているタンスの中に顔を突っ込んで歌を歌った。今考えてみると、本当におかしな姿だったと思うけれど、その当時そんなことはどうでもよかった。

 

そうこうするうち、これじゃだめだと思って、他の場所を物色しはじめた。遮られた場所ではなく、ぱぁっと開けた場所で練習がしたいと考えて、思いついた場所が家の裏山だった。昼には人がいっぱいいるので、夜に練習をしたのだけれど、夜は大声を張り上げてはいけない、という常識がなかった。むしろ僕にとって問題だったのは、夜に一人で山に登るのが怖いということだった。明かり一つ無い、真っ暗な山を一人で登るのは、本当にぞっとした。それでも思い切り開放感のある場所で練習ができるほうが良かったから、怖いことも我慢して登った。やっぱり開かれた空間で声を張り上げると、一声発しただけで、僕の声が光を放ったようだった。嬉しくて胸いっぱいになって歌の練習をしていたのだけど、それが三日目になった日、僕のもとに警察が息せき切って駆け上がってきた。

 

「やれやれ、やっと捕まえたぞ。」

 

警察官は大きく息をしながら僕につめよって、訳もわからず戸惑う僕を捕まえ、くんくんと匂いをかいだ。

 

「シンナーはやっとらんな?」

 

何のことかと尋ねると、近所のアパートから苦情が入ってきたということだった。毎晩狂った奴がシンナーでも吸って大声を出していると。警察官は歌の練習をここでしているという、僕の話を聞くと、笑って注意だけしてそのまま山を降りていった。まだ青い若い坊やが、歌手になりたくて必死になって、偉いもんだと同情してくれたみたいだった。

 

だけど、そんなことになってしまったので結局、山での練習は三日であきらめ、次に選んだ場所は町の雨水ポンプ場だった。そこは通る人がいなくて、思う存分練習することができた。問題があるとすれば、ちょっと悪臭がひどいということ。だけど思い切り声が出せるのだから、それでも良かった。

 

この頃、まだ少年だった僕の夢は歌手ではなかった。ただ歌の上手な人になりたかった。僕が認めてもらえる程度の歌の上手さになること。その夢が、僕を夜の山や雨水ポンプ場など、あちこちにひっぱりだしたのだ。夢は恥ずかしいことじゃない。でもなんにせよ、これが僕と警察の初めての出会いだった。

 

一集ファーストアルバムを制作していた時、一緒に作業していた人達とスタジオで合宿しながら曲を作ったり、練習をしたりしていた。その時も、昼だろうと夜だろうと関係なく練習をしていたのだけれど、それが近隣住民にとってはストレスだったみたいだ。昼はそれでもまあ大丈夫だったけれど、夜はあちこちで文句を言われまくった。

 

「ちっとも寝れないぞ!この野郎!」

 

だけどこんな文句を言われても、僕らは練習を止めなかった。いや、止めることが出来なかった。そのうちケンカすることが多くなった。あんまり大声を出すなと文句を言われても、僕らの側は文句を言うなと言い返したりして。そんなある日、警察がいきなりやってきた。僕が生まれてから二度目に遭遇する警察だ。警察官は通報があったと言っていた。警察沙汰になってしまった後、一緒に作業している仲間ですら、僕の声の大きさにうんざりしはじめた。

 

結局僕はまた外に出た。追い出されたという表現のほうがぴったりくるかな?夜になれば外に出て、夜明けまでスタジオの近所の江南駅(カンナム駅)、駅山道(ヨクサムドン)、狎鴎亭(アックジョン)などを歩き回りながら、歌を歌った。最初小さい声で歌いながら歩いて、車がブーンと音を大きく上げて通り過ぎるときに「アー!」と声を張り上げた。言うなれば路上練習場だった。夜に大通りのあたりを歩きまわっていると、酔っぱらいやチンピラといざこざになることも数えきれないほどあった。酔いが回った彼らの目には、歩きながら声を張り上げている僕みたいな人間は、キチガイにしか見えなかったはずだ。一緒に作業している仲間ですら僕のことが理解できないのに、酒を飲んで通りすがる人達に理解をしてもらえるはずもなかった。

 

これが僕が二度、警察に会った話の全てだ。二回とも、僕の並外れた声量のせいで生じた事件だったけれど、それよりも僕が歌の練習を始めると常識の判断力を失うことに、何よりも原因があるのだと思う。今は笑い話だけれど、その時も今も達成したい目標のために、あちこちと衝突するのはあまり変わっていない。他人の視線を忘れてしまうほど没頭してしまうんだ。

 

ある目標を立てて、歌の練習を始めると、僕は歌の練習をしているという意識すらなくなってしまう。息をすることを意識しないのと同じように。人に会ったりするのはもちろん、食べることも眠ることとも嫌で、ただ歌だけ練習しつづける。まるで規則的に息をするかのように。

 

漫画『ドラゴンボール』を読むと”精神と時の部屋”というのが出てくる。四方に何もなく、時間も停止している自分だけの部屋。何かに集中して没頭している時は、まるでその精神と時間の部屋に入っているような感じだ。全てが停止した空間に、僕一人だけが存在するような感じ。だから歩いている時や地下鉄に乗っている時も、他人に変な目でジロジロ見られようとどうしようと、お構いなしに歌の練習が出来たんだと思う。本当に漫画の中の精神と時間の部屋のように、その部屋で一年過ごしても、外では一日しか経っていない、というようなことになったらいいなあ。他の人が一日を過ごす間、僕が一日だけ消えたと思うだろうけど、僕はその部屋で一年間狂ったように歌の練習だけをやって、上達して現れるといった感じで。そんな部屋に入りたいな。