一集アルバムが成功して、すぐにニ集の準備にとりかかりながら、僕はさらに一生懸命生きようとやっきになった。自分自身を遊ばせておきたくなくて、時間をただ浪費するのがいやで。その頃の唯一の楽しみはヒョンソク兄(YG社長ヤン・ヒョンソク)の経営するクラブに一人で行って、音楽を聴いてテキーラを一杯飲むことだけだった。当時書いた日記を見ても、本当にやっきになって全力を尽くしていたのがわかる。いちいち項目を決めておいて、毎日○、△、☓で自分自身を評価していたから。

 

4月24日

本(X)腹式呼吸(X)悪口、嘘(X)他人を羨ましがらない(△)時間の浪費(X)彼女(X)無駄口(X)
やれたことはあんまりないのに、時間をかけないといけない仕事がだんだん増えてくる。もう少し時間配分をうまくしないと。善良な人、誠実な人、親切な人、真実に正直な人になろう。音楽で一番重要なのは感性。曲をきちんと理解しないと勝てない。がんばろう、何が何でも。

 

5月2日

読書(X)腹式呼吸(O)率直さ(△)他人を羨ましがらない(X)欲(O)時間の浪費(XX)明るい心(△)彼女(△)
泣きたくなるくらいつらい。いつも自分自身を壊して生きる毎日がすごく嫌だ。毎日後悔して、無駄な人生を送っていると思えて耐えられない。つらい。時間の無駄も嫌で、怠けるのも嫌で……。このままでは本当に我慢出来ない。どうか僕に進むべき道を教えてください。そうでなければこのまま死んでしまおうか。

 

5月12日

本(X)腹式呼吸(O)欲(△)他人を羨ましがらない(△)嘘(X)時間(X)明るさ(X)彼女(X)無駄話(X)
眠い。さぼっていたせいで先延ばしにしていた日本語の勉強を一度にしようとして気が狂いそう。だけど絶対に不可能に思えることも、固い決意があればできるんだ。やることが多い。今日は色々なことを考えてみた。僕が直す点、僕がやらないといけないことなどについて。一番大きな問題は健康だ。健康でなければ、全ての仕事の能率が上がらない。いつも冴えた頭と安定した体調で、何でもやらなきゃ。僕は絶対に天才じゃない。できないことだからこそ、とてつもない努力がなければ、実現できないんだ。持っているものがないなら、いつだって乗り切るだけのことだ。

 

チェックする項目は毎日少しずつ変わった。うつ病を克服したくて、”明るい心”という項目をほとんど毎日入れた。明るくなりたいという渇望は、僕のような心に闇のある人にとっては共通した願いじゃないだろうか。こんな風に気をひきしめて、二集アルバムの準備をして活動をはじめた。一集が大成功した後に続く二集活動だったから、楽にやろうと思えば楽にできたはずだ。けれど、僕にはそうはできなかった。足りないことがあまりにも多くて。

 

それでも二集の良い点は、ぼくが全曲のコーラスを全てやってることだ。一集でできなかった復讐をするという気持ちで。復讐する相手はいないけど。あえて言うなら、音程もわからなくて、ハーモニーについての感性もなくて、一集のときにはコーラスできた曲がない、自分の至らない部分への復讐だろうか。音程やハーモニーの感覚は簡単に身につくものではなく、特に僕みたいに生まれつきそういう感性のない人間にとっては、身に付けるのはとても難しい。その頃は、何が正しい音程なのか、間違った音程なのかもわからなかった。その解決法は簡単だった。死ぬほど、他の人達が遊んでいる時に、休まず練習すること。「僕は前に進むんだ。」という気持ちを持ち続けて立ち向かうことだ。

 

もちろん、相変わらず失敗は続いた。『ピクサリ(音はずし)』もたくさんやったし、ライブをする時の音程もたくさんはずした。レコーディングした時は、コーラスを自分が直接できても、ライブの時は、いつまでたっても、これがフラットなのかシャープなのかわからず、音程がずれてしまうこともたくさんあった。すごく腹がたって、本当に僕は駄目だという考えばかりがぐるぐる頭を回った。みんなが僕のことを、頂点に立ってるといってうらやましがっていた時、僕は毎日こんなにも自分を責めて苦しんでいた。

 

人間は無意識のうちに、誰でも自分は特別な存在だと思っているものだ。だけどなぜ、どんな理由で自分が特別なのかを知っている人はあまりいない。最高になりたいと思うことも同じことだと思う。なぜ自分が最高になりたいのか知ることは、もしかしたら最高になること自体よりもっと重要なのかもしれない。僕がもっと歌が上手になって、もっとたくさんの人を感動させたいと思うのは、僕の魂の使命のようなものかもしれない。だから休むことなく、さらに狂ったように突き進んでいくだろう。僕が、なぜ最高にならなければならないのかの理由を知った上で、この地位に立つのと、ただ狂ったように突っ走って最高になるのとは、その頂点で感じる感情は天と地の差がある。自分が知りたいと望む場所に立って、感動で胸がいっぱいになるのでなければ、その結末は虚しいものだ。

 

毎回、自分の人生を見捨てることなく、狂ったように突き進むけれど、僕には走り続ける理由がある。単に最高の地位、最高の歌を望んでいるのではなく、最高の地位に立って、歌を通じて人々に感動をプレゼントしたくて、彼らの心をわくわくさせてあげたいという、はっきりとした目標があるんだ。そしてそれは、ただ気持ちだけ思っていても実現できるものではなく、必ず体を動かして実践しなければ、僕が成長することはない。

 

単に怠けて、時間を無駄にしたり、計画したことができなかった時、苦しくて孤独だったら、その人に聞こえてくるだろう。魂が鳴らす警告音が。君は君自身がやらなければならない仕事をまだ知らない、という警告を。自分の人生に鞭打って走るのと同じくらい、なぜそこで走っているのかということの答えは自分の中になくてはいけない。

 

そのせいだろうか?最近不思議な事に、自分に対して自信がついてきた。いつか、僕は上手くいくんじゃないかという。僕のような自信のない人間がこんなことを思えるというのは、これは自信を超えた一種の確信じゃないだろうか?ちなみに、この妙な自信の本質はとても単純だ。僕が走り続けてきたから。自分を苦しめながら、こんなにも走ってきたから。楽に生きようと思えば、簡単に楽に生きれるのに、これほどつらい思いをして生きてきたのだから、上手くいくだろうという、そんな確信だ。だから、今日も僕は少しだけ、自分をいじめながら生きている。今、もうちょっとだけ苦しんで生きれば、ちょっとだけ得るものが多くなると、それが僕が自分に対する確信を大きくするということだ。

 

選択の瞬間は何度もくる。曲を書いて、歌詞を書いて、歌を歌って、レコーディングをして、「ああ、このくらいでいいかな。」と言う瞬間が必ずくる。その時がまさに選択の瞬間だ。ほんの塵ほどでも欠点が感じられたとき、それを修正するか、そこでやめるかの選択。その度、いつも僕は、その塵ほどの隙間を埋めるために、そのたびに悩んではこだわる。そうしているうち、最終的には完璧なものが完成する。その瞬間、諦めてしまえば、いつまでたっても二位にしかなれないことを知っている。これが僕が自分をいじめる理由で、これのおかげで僕は今の地位までたどり着いた。

 

一集と二集、他人の目には成功街道を突き進んでいたように見えていたときも、毎日自分を責めて鞭打つようなことばかり日記に書いていた僕なので、外の環境はもちろん、色々な条件が最悪にひどかった2008年はどれだけ大変だったと思う?

 

4月22日

今日の目標 歌をはきはきと歌う。あの歌手は本当に歌をはっきり歌って、よく通る声がでるなあと言われるように。できる、十分にやれる。何も心配せず、全てのイライラをなくせ。できる。僕はぽーんと通る声が好きなんだ。僕の声は塞がっていない。僕は上手くやれるはず。全てが上手くいっている。僕の声は塞がっていない。

 

5月3日

作曲 勉強することが多いけれど、今みたいに習作を書き続けることが重要。
作詞 勢いに乗っているところ。
運動 あまり欲ばらないで、大変でも粘り強く。
器械体操 体の管理はもっとちゃんとして、放送のときまでにできるように。カンを失わないように、基礎を50回ずつ。
ダンス 全然進歩がない。
願い事は、心から望んで、死ぬほど努力して、ゆっくり待てば、必ず叶うんだ!

 

5月6日

起床直後 絶対に負けない。なぜなら、僕はどんな状況でも、僕の思い通りに幸せだから。いい気分な感じ。しっかり握って離さないぞ。今日は本当にたくさん笑おう。むちゃくちゃたくさん。今日くらいは最高にいい気分を自分で作ってみる。

 

11月18日

どうしていいかわからない。すごく重苦しい感じ。わからないけど、わかってるような。僕は今何のために何をしているんだろう。できるのとできないのの差はなんだろう。何にもない。ないというのはどういう意味なんだ。あることとないことは、どんな延長線上に置かれているんだ。頭のなかがごちゃごちゃだ。僕はなにをして生きたいのか、何がしたいのか。僕だけの道。他人が決めた道ではなく、ひたすら自分だけの道。僕が行かなければならない道、進みたい道。ごちゃごちゃいうのはやめて、僕の行く手をじゃまするのはやめて、僕に石を投げるのはやめて。もういいだろ。行こう行こう。前進しよう。足踏みでなく、前進することが必要だ。

 

感情の起伏がすごく激しかったけれど、落ち込むことのないよう、絶えず自分をせきたてて、うずうずしていた時期だった。この頃の習慣だったけれど、日記を書く前にいつも以下の文を大きく書いて始めていた。

 

「僕は毎日、あらゆる面で、どんどん良くなっている!」

 

自分にかける呪文のようなものだった。実際、習慣というものは、人生に失敗する人も、偉大な人もつくりだす。習慣は厳しく強いなものでなければならず、自分が作った習慣が自分を壊すこともあるし、自分を良くすることもある。だから当時、僕は怠けようとしたり、座り込んでしまおうとしたりする気持ちが、なしくずしに僕を支配しないよう、毎日自分に気合を入れていた。

 

僕がひどく自分を責めて落ち込んでいるとき、人は「君よりできない人がいるから。」と慰める。だけどそんなのは慰めにならない。僕はもうすでに、空を見上げて飛び立っているのに、それは後ろを振り返って慰めを得るようなものだから。後ろを見て自分を慰めようなんてことは、もうこれ以上、自分は未来に向かっては飛ばないということになってしまうから。