僕が生まれて初めて感じた感情は、おそらく他の人より、経済的に苦しい家庭に生まれたことへの不満じゃなかっただろうか?とても貧しい家に生まれ、かなり長い間貧乏な暮らしをしてきたのだから。でも、僕は生まれた時からそんな環境で育ってきたので、貧乏が何なのかについては、あいまいにしか理解しておらず、金持ちと貧乏の差が大きいという実感はなかった。家というところは、元々給湯器などないところで、トイレは他の家と共同で使うものなのだと思い込んでいたくらい、貧乏というものにごく自然に慣れ親しんでいた。そして大きくなっていくにつれ、裕福な家の子供たちを知り、貧乏というものが人を卑屈にするものだとわかってきた。

 

間借りをして暮らしていた幼い頃、大家の家に同じくらいの年頃の子供がいたけれど、僕はその子をしょっちゅう殴っていた。家の構造がちょっとおかしくて、トイレに行くためには、大家の家を通っていかないといけなかったのだけれど、たまに大家の家の門が閉まっていると、窓にはしごをかけて、それを登って用足しにいかないといけないという、でたらめな構造だった。幼心にこういったこと全てがどんなに惨めだったことか、おそらく僕はその時、心の中の怒りを、大家の子供を殴ることで解消しようと思っていたのだろう。

 

貧乏が嫌で、大家の子を殴ってストレス解消するような、愚かな子供だった僕が、少し成長したからといって大きく変わることはなかった。人間の品性というものは、そんなに簡単に変わるものではないから。もちろん、大きくなったらいきなり殴りかかるようなことはなかったけれど、それと似たような非行というか、悪さをしていた記憶はある。
高校生の時、ING(アイエヌジー)というダンスチームでバックダンサーをしていた。問題があったその日、夜遅くにダンスの練習が終わった。僕の財布にはたった600ウォンしかなかった。家庭の経済状況が深刻だったので、あえて交通費以外のお小遣いはもらわず、仲間と一緒に買い食いなどもできなかった時期だった。お腹がすごくすいて、パンでも食べたかったけれど、そうすると家まで歩いて帰らないといけなかった。パンを買って食べて歩いて帰るか、お腹をすかせたままバスに乗って家に帰るか、選ばないといけなかったのだ。

 

「お腹が空いているのは我慢して、家に帰ってから食べればいいさ。」

 

頭の中ではこう思っていても、お金がないために空腹を我慢しければならないという状況が、なぜかその日に限ってすごく嫌だった。そして生まれて初めて、お金のために物を盗んだ。文字通りの窃盗。店に入ってパンを盗んだが、幸いにもばれることはなかった。パンを口にぐちゃぐちゃに詰め込んで家に帰ったが、変な気持ちになった。怖いこともなく、罪悪感もなかった。悲しくても涙が出ない、そんな感じだった。

 

空腹を我慢するのが嫌なのではなく、お金がなくてそれにふりまわされるのが嫌だった、プライドが傷ついた。生きていること自体が、とても卑しく感じた。金持ちの家の子供達と比べて、プライドが傷ついたのではなく、ただ自分の存在自体が惨めだった。幼心だったけれど、貧乏のせいで僕の人生がうまくいかない、貧乏であるということが、最も大きい障害なのではないかと思いはじめていた。

 

だけど今振り返ってみると、せいぜいその程度が、幼い頃の貧しさに対する、僕の反感と反抗の全てだった。一歩下がって冷静になってみれば、実は貧乏自体が、僕の人生を支配していたことはない。貧乏だから何かが出来ないというのは、ただの言い訳だ。貧乏を言い訳にしてしまうのは、自分の中に、貧乏なんて忘れるほどの重要で大切な夢がないからだった。

 

音楽を始めてからは、貧乏自体を忘れた。貧乏であることを考えるより、歌のほうがはるかにもっと重要だったから。高校時代の最後に、実用音楽学院で過ごした時間を今でも忘れることはできない。歌を歌うこと以外には、やりたいことがなかった僕は、母にせがんで学費の12万ウォンを受け取った。たかだか数百ウォンがなくて、パンを盗んで食べた頃だから、12万ウォンはその価値も想像できないほどの、途方もない金額だった。そしていざ音楽学院に入学してみると、そこは別世界だった。今でも活躍している、そうそうたる実力の歌手たちと、その時同じ練習生として出会えたのは、僕にとっては、なんとも言えない幸運だった。音楽を学びたいという気持ちは、「どうして僕はこんなにできないんだろう。」という考えを、すぐに「歌が上手くなりたい。」という切実な願いに変えた。歌手になりたい、有名になりたいという気持ちはなかった。頭の中にあった考えはただひとつ、「歌が上手くなりたい。」だった。

 

ダンスをしていた頃と同じように、強烈な渇望が再び僕の心の中に芽生えた。その後も依然として、貧乏のせいで生活に苦労していたことはあるけれど、そんな時でも「貧乏?そんなのちっとも大変じゃない。音楽をやることのほうがもっと大変だ。」という気持ちのほうが先立った。

 

貧乏なことだけではなく、どんな困難だろうと、歌を今よりももっと上手に歌いたいという欲に比べれば、どうっていうこともなかった。年をとってしまう前に、その年齢でしか感じられない感性を歌で表現したいという欲求が強くて、我慢できないほどだった。それが、音楽学院で「練習しか知らないキチガイ。」と言われても、なんとも思わなかった理由でもある。もっとひどい貧乏になったら?それでもきっと我慢できた。歌さえ歌うことができれば。

 

音楽に対する強い夢が生まれてから、僕は少しずつ変わった。いつも貧乏だったけれど、お金のために「人生終わってる」とは思わなくなったし、むしろお金が人をだめにする、災のもとだと考えてもいいくらいだった。僕ほどお金がないせいで、人から無視されてばかりの人はいないんじゃないかと思うくらい、貧乏は苦しかったけれど、お金に振り回されて死にたくないという考えに、変わりはなかった。生きてさえいれば、明日昇る太陽を見ることができるけれど、明日どんなことが起こるかは誰にもわからないのだから、多少のお金がなんだというんだ。

 

僕も人間だから、お金が全く重要じゃないとはとても言えない。命を救うことができるのがお金なのだし、上手に使えば素晴らしい結果を生むことができるのだから。だけど僕はお金の威力に振り回されるのは、うんざりするほど嫌だ。お金に僕の人生を支配されることほど、プライドが傷つくことはない。周りの人達は「たいして持ってるものもないくせに、使い道のないプライドだけは一人前に持ってて……。」といちいち言ってくる。だけど、正直言ってプライドというのは、こういう時にこそ使うものじゃないか?

 

お金が人を誘惑することはできても、心まで動かすことができないことを今は知っている。いつだったかあるコンサート会場で、一番前の列に立って、僕の歌を聴いていた観客のことを思い出す。僕が全力を尽くして歌を歌って、観客の方へ目をやると、一人の観客が涙を流しながら僕の歌を聴いていた。その時の僕の感動と言ったら……。僕が一人の人の心を動かしたんだ、僕の歌が誰かに感動を与えたんだ。もしも、お金が人の心を動かして、感動を与えることができるのなら、おそらく僕は死ぬほどお金を稼ごうとしていたかもしれない。歌をうまく歌うことよりも、お金を稼ぐことのほうがどれだけ楽かわからない。

 

本当に成し遂げたい夢があれば、お金があろうが貧乏だろうが関係ない。お金なんかのためにつまずく程度の夢ならば、それこそが問題だ。お金がないせいで不自由するなら、考えを変えればいいんだ。子供の頃の僕がそうだったように、最初から家には給湯器はないし、トイレは幾つかの家で共同で使うものだと。他人と比較さえしなければ、貧乏は耐えられないものではない。重要なことは、貧しさを恨んでいる暇があったら、夢を追うべきだということ。たいして重要でもないことに神経をつかって、本当に大切なことを失ってはいけない。人生というものは、決して二度とやり直すことのできない、たった一度のステージなのだから。