人間は皆、孤独な存在だというのは本当だろうか?優秀な人も孤独で、金持ちも孤独で、美しい女性も、みんな孤独だというのは事実なのかな?僕からすると、僕以外の全ての人には友達がたくさんいて、全然孤独に見えないんだけど。それに僕は単に『孤独』というよりは『のけ者』という表現がぴったりくる。いつも僕の反対側に、僕を除いた全ての人が立っているように思えたから。

 

学生時代、男子は友達と一緒にサッカーやバスケ、野球なんかをやって遊ぶ。でも僕はそういうスポーツのルールも知らないし、やり方もよくわからない。友達がいなくて、一度も一緒に遊んだことがないからだ。あとになって、漫画『スラムダンク』を見てからバスケのルールを知って、サッカーのルールは日韓ワールドカップのときに、少しわかるようになった。その程度の僕には、友達もできないし、そうこうするうちに孤独になってしまうのも当然だった。

 

今はおとなしい性格だけれど、幼少の頃はすごく落ち着きがなくて、誰かが自分を馬鹿にするのが我慢できなかった。同じ年頃の子よりも体も大きかったので、他の子を殴ったりすることもよくあった。そうして子供たちは僕のことを嫌って、僕を避けるようになった。仲良くするということが何かわからなくて、いつも一人だった。自分が殴ったこともたくさんあったが、それと同じくらい殴られたこともある。工事現場のようなところに連れだされて、集団暴行を受けたりもした。殴り合って、殴りあって……。一度、数十人の少年たちが僕の家の窓ガラスを割って、僕にツバを吐いて逃げていったことがあった。その瞬間、幼い少年だった僕の理性ではコントロールできない怒りがこみ上げてきて、僕は凶器を持って彼らを追いかけ、それでも僕をからかって逃げていき、なかなか捕まえられない。くやしくて、彼らに向かって、手に持った凶器を投げつけた。もしもあたっていたら大怪我をしていただろう、すごく危険な状況だった。今だにこの記憶はすごく鮮明に覚えている。こんなことが何度もあって、だんだんと殴る人すらもいなくなった。おそらく僕は、悪く振るまいながら、荒っぽいことばかりやっていたけど、とにかく寂しくて、注目されたくてこんなことをしたのではないかと思う。

 

小学校六年のとき、ついに僕にも親友と呼べる友達ができた。その頃が、僕の少年時代で最高に幸せだった頃だ。運良く当選した低所得者用アパートに引っ越して、ようやく自分の部屋もできた。部屋は二つだったので、二つのうち一つが両親の部屋、もうひとつが僕の部屋だった。弟は居間を使った。蛇口からお湯も出るし、まさに天国だった。転校してから、上の学年にあがると、新しい友だちができた。一緒に遊んでくれる友達ができて、本当に嬉しかった。その後も友達何人かと仲良く、時にはダンスを踊ったり、歌も歌ったりした。もちろん、それでも僕の孤独な運命が大きく変わるわけではなかったけれど。
中学校一年のとき、僕に最高の友達ができた。ほんの小さなラジカセだった。ある日、テレビにユ・ヨンジンという歌手が出てきて『君の香り』を歌っていたが、それは衝撃的だった。それまで僕が接してきた歌とは全く違っていた。その時から、ユ・ヨンジンについての資料を探して、ダンスと歌を覚えていった。一つだけの小さなラジカセを一緒に暮らして、それをきっかけにして、僕は今日ここまで来た。中学校一年のときは友達がいなかったが、それがかえってラッキーだったようだ。

 

当時、僕には夢を聞いてきてくれる人がいなかった。たまに母が心配したように、お前は将来何をして生きていくのか、と聞いてきたことがあったけれど、そういう時は「歌手になるよ。」「作曲家になるよ。」などと、ただこんな風に返事していた。ピアノも弾けないのに作曲家ってなんだよ……。でもそんな風に夢を聞いてくれる人もいない、本当に孤独で貧乏な時代だった。

 

僕はどうして幼い頃を、こんなに孤独に過ごしていたんだろう?他の人達を避けて、一人だけの空間に隠れてはいたけれど、実は注目されたいという欲求があったというのに。母が言うとおり、僕は考えすぎで、否定的だからかな?お金がなくて一緒に遊ぶことができなかったから?やたらとおしゃべりだから?たぶん僕のうつ傾向のせいだと思う。僕も友達と交流するのが嫌で、そんな憂うつそうな姿が他の子達から見ると嫌だったんだろう。

 

いつだったか中学校の時の友達何人かと再会したとき、一体どうして僕を嫌っていたのかと聞いてみた。彼らは僕が皆を嫌っていたから、自分らも僕を嫌っていたんだと答えた。僕としては、複雑な家の問題と、世の中に対する否定的な見方で、頭が混乱していたから、友達と笑って騒いだりすることができなかっただけなのに、それが彼らには拒絶している風に見えたようだ。仲間はずれだろうと、孤独だろうと、結局その原因の半分以上は、自分のせいだったということを、その時初めて知った。自分が変わらなければ、相手も変わらないということを、その頃はどうしてわからなかったのだろう。孤独の理由を、自分からまず探していれば、幼い頃の僕は少しは孤独ではなかったのかもしれない。

 

実際には孤独の理由が自分にあって、解決の糸口も自分がすでに持っていることを知っても、まだ僕の姿は、今もそんなに大きく変わってはいない。依然として周囲には友達があまりいなくて、一人でいることのほうが多い。友達が少ない代わりに、僕と似ている人に対しては深い愛情を持って過ごすけれど。僕と似ている人というのは、興味がただひたすら歌だけという人のことだ。いつだったか、知り会ったばかりのK.Willが家に遊びに来て、その日は音楽の話をして夜通し盛り上がった。

 

「そこで呼吸をこんなふうにすると、こんな感じで歌を歌える。」

 

時間が経つのも忘れて、こんな話をしていたら、ついつい夜が明けてしまった。五~六時間も二人で休むこともなく、歌の話だけしたわけだけど、その夜、僕はとても幸せだった。とはいえこんな僕を、誰が好きになってくれるんだろう?僕もあまり積極的に交友関係を広げたくはない。他人を通じて僕の孤独が消えるわけでもないし、何よりも人と関係を持つことによって、傷ついたことがたくさんあるから、僕は他人にあまり期待をしないんだ。僕と気が合って、僕を理解してくれる、数人さえいればいい、何かにとりつかれたように、たくさんの人と知り合おうとは思わない。何よりも、たくさんの人の中で、自分の孤独をごまかしたくはない。

 

地面に円が何個か書いてあるとする、次にその円の中のどこかに宝物が隠されているとして、それを探すのを想像してみて。どうやったらその宝物を見つける確率が高くなると思う?たくさんの円が描いてあって、そのあちこちに浅い穴をたくさん掘っては疲れてしまうよりも、ほんの数個の円だけを深く掘って探すほうが、宝物を探す確率がもっと高くなるのではないだろうか?言い訳みたいだけど、人と関係を結ぶことも、これと似たようなものだと思う。そしてその代わり、こうやって見つけた、数少ない宝物だからこそ、僕にとってはとても大切なんだ。だから、僕は大切な人たちに対して、過剰な愛情表現をすることがある。時々「僕は、君のために骨まで分け与えることができる。」とか言うから、この過剰な愛情表現を聞いてどうしたらいいのかわからなくなる人もいるようだ。愛も友情も、僕の心からのものだから、魂を器に注いで一緒に分けて飲めるくらいじゃなきゃいけないんじゃないかと思うんだけど?

 

学生時代の自分の姿が時々思い出される。他の人達と目を合わせるのが嫌で、髪を長く伸ばして、カーテンを下ろしたように顔を隠して学校に通っていた姿。自信がなくて、いつも背中を丸めて歩いていた姿。堂々と胸をはって歩いても、ぎこちなかった姿。いつも萎縮していて孤独だった。タバコも、孤独な寂しさをまぎらわすため、中学のときに一人で吸い始めた。僕とって孤独は宿命だったのだろうか。

 

人々は僕に、人間は皆孤独な存在だよ、といって慰めてくれるけれど、孤独の辛いところはどんなに時間が経っても慣れるということがないことだ。だけど、この孤独の原因を自分が知っていて、自分自身でその孤独を選択しているのだから、僕はもう、この孤独から逃げるために、これ以上の努力はしないだろうと思う。他の人達と違うところは、僕が孤独を誘発してばかりいるところだ。違いは孤独を自分で生み出しているということ。僕が孤独の前で、ただこんな風に堂々としている理由は、この孤独があるからこそ、今の自分がいるということを知っているからだ。孤独を養分とみなして、一人でいる時間に歌詞を書いて、全ての感情を込めて歌を歌うことができて、その歌が最終的に、今現在、どこかで孤独に泣いている誰かの、ささやかな慰めになるということを知っているからだ。そしていつか、僕がこの孤独の部屋から出たくなって、手を差し出した時、僕の心をわかってくれる誰かが、必ずこの手を掴んでくれるということを信じているからだ。